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東北の歌枕の地を訪ねて
(陸奥は山城・大和に次ぎ、三番目の「歌枕の国」)
七ヶ浜町
松ヶ浦島(まつがうらしま)/御殿崎(ごてんざき)
・場所:七ヶ浜町松ヶ浜 Yahoo!地図
 御殿崎は平安時代には松ヶ浦島と呼ばれ、当時の和歌の枕言葉として、その名は京の都まで知られていました。松ヶ浦島は、松ヶ浜地方の総称で、その中心が御殿崎だったのです。実際に、平安の大宮人(おおみやびと)(京都の宮中に住まう人々)は、松ヶ浦島を歌会の歌題としました。
 藩政時代になると、仙台藩主伊達家の遊覧地となりました。その中心となったのが、伊達政宗が松ヶ浜でもっとも眺めのよい鴻ヶ崎(こうがさき)に建てさせた仮館でした。その後、鴻ヶ崎は、お殿様の仮館が建つところという意味から御殿崎と呼ばれるようになり、その地名が今も残されています。




 






 素性 法師(そせい ほうし)
・説明:?−910年 平安時代前期から中期にかけての歌人・僧侶。桓武天皇の曾孫
    三十六歌仙の一人
後撰和歌集
 音に聞く  松が浦島    今日ぞみる  むべも心ある  海人は住みけり
 おとにきく まつがしまうら きょうぞみる むべもしんある あまはすみけり
 歌意:
 むべ:あけび ?


 顕昭(けんしょう)
・説明:1130?−1209?年 平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌僧
千載和歌集
 波間より  見へし景色ぞ  かはりぬる 雪降りにけり  松が浦島
 なみまより みへしけしきぞ かはりぬる ゆきふりにけり まつがうらしま
 歌意:


藤原 公任(ふじわらの きんとう)
・説明:903−1041年 平安時代中期の公卿 歌人。関白太政大臣藤原頼忠の長男。
    小倉百人一首では大納言公任
 
 さかしがる 人もなければ  行く末の  契りに来つる  松が浦島
 さかしがる ひともなければ ゆくすえの ちぎりにきつる まつがうらしま
 歌意:


( )
 ・説明:
 
 思ひわび 松が浦島     たずねみん 心ある海人や  なぐさむるとて
 おもひわび まつがうらしま たずねみん しんあるあまや なぐさむるとて
 歌意:

( )
 ・説明:
後鳥羽院集
 春霞 たてるやいずこ 朝日かげ さしゆくふねを 松が浦島
 春霞 たてるやいずこ 朝日かげ さしゆくふねを 松が浦島
 歌意: