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東北の歌枕の地を訪ねて
(陸奥は山城・大和に次ぎ、三番目の「歌枕の国」)
尾駮の牧(おぶちのまき)/牧山219m
・説明:平安のころ馬の牧場が歌枕になったもので、「をぶちの駒」として用いられている。
 石巻市の牧山と青森県の六ヶ所村がある。
零羊崎(ひつじさき)神社
・場所:石巻市牧山7  零羊崎(ひつじさき)神社参道入口 Yahoo!地図

詠み人知らず/後撰集
みちのくの をぶちの駒も 野飼ふには 荒れこそまされ 懐くものかは
 歌意:みちのくの尾駮の馬が野原で飼われている様子を見てきたが、荒々しいどころか、ずいぶん人懐っこいものだった
 奥の細道紀行300年記念
2013.10.13


2013.10.13


 
原 兼家(ふじわら かねいえ)蜻蛉日記(かげろうにっき)
・説明:929−990年 平安中期の公卿 
われが名を 尾駮の駒の あればこそ なつくにつかぬ みとも知られめ
 歌意:
 

 
相模(さがみ)/拾遺和歌集
・説明:998頃−1061年 平安時代後期の女流歌人 中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。 
綱たへて はなれはてにし 陸奥の 尾駮の駒を 昨日見しかな
 歌意:綱を解かれて放たれた「みちのくの尾駮の馬」を、昨日ようやくこの目で見ることが叶った
 


公基歌合せ
・説明: 
おがさ原 尾駮の駒を なずけてぞ ゆきあふさかの 関にひきつる
 歌意:
 


良暹法師(りょうぜん ほうし)後拾遺和歌集
・説明:1068−生没年不詳 平安時代中期 比叡山の僧・歌人 
あふさかの 杉の群だち 引くほどは 尾駮に見ゆる 望月の
 歌意:
 

 
後堀河天皇百首 兼昌
・説明: 
きれひつる 尾駮の駒に 先き立ちて かつ見る人も 恋しかりけり
 歌意:
 


相模集/相模
・説明: 
つなたへて ひきはなれにし 陸奥の をぶちの駒を よそにみるかな
 歌意:
 

青森県六ヶ所村
 尾駮の牧についての詳細は明らかにされていませんが、現在の青森県東北町と六ヶ所村にまたがる大牧場だったと推定されます。ここから都へと供給された馬は、馬格に優れ、毛色が美しかったことから、貴族たちが競ってこれを賛美し、買い求めたと言います 

菅江 真澄(すがえ ますみ)
・説明:1754−1829年 愛知県豊橋生まれ 江戸時代後期の紀行家・民俗学者
    30歳で旅立ち、長野から新潟、山形、秋田、青森、北海道、岩手、宮城、福島を巡り、48歳で再び秋田に入り、仙北郡の地で亡くなるまで延べ29年間を秋田で過ごした。
この十とせあまり心にかけきて 今たづねみることのうれしく
 歌意:この十年のあいだどうしても見たいという思いに駆られてきたが、ついに見ることができて、とても嬉しい