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東北の歌枕の地を訪ねて
(陸奥は山城・大和に次ぎ、三番目の「歌枕の国」)
下紐の関(したひものせき)/下紐の石(したひものいし)
・場所:宮城県白石市越河字樋口 Yahoo!地図
・説明:用明天皇(聖徳太子の父)の皇妃玉世姫がこの石の上でお産の紐を解かれたという伝説が、乳神様と共に伝わっている。藩政時代には路傍にあって「石大仏」と呼ばれていた

 左大将 公名(さだいしょう きみな)
・説明:
新続古今和歌集
 立ち返り  又やへだてん  今宵さえ  心も解けぬ   下紐の関
 たちかえり またやへだてん こよいさえ こころもとけぬ したひものせき
 歌意:

大中臣 能宣(おおなかとみの よしのぶ)
・説明:921−991年 平安時代中期の貴族・歌人。大中臣頼基の子。三十六歌仙の一人
 現とも   夢とも見えぬ  程ばかり  通はばゆるせ  下紐の関
 うつつとも ゆめともみえぬ ほどばかり かよはばゆるせ したひものせき
 歌意: 

 太皇大后宮 甲斐(たいこうたいこうぐう かい)
・説明: 
詞花集/詞華和歌集
 東路の   はるけき路を  行きめぐり 何時か解くべき 下紐の関
 あづまじの はるけきみちを ゆきかへり いつかとくべき したひものせき
 歌意:               

藤原 季経(ふじわらの すえつね)
・説明:1131−1221年 平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての公家・歌人
六百番歌合
 あいみじと 思ひかたむる  仲なれや  かく解け難し  下紐の関
 あいみじと おもひかたむる なかなれや かくとけがたし したひものせき
 歌意:              
2010.4.6


     下紐の石
 平安朝時代、和歌の題材になる名所を歌枕と称したが、みちのくにも数多くあって都の人々に親しまれていた。
 白石市越河の県堺は古く坂上田村麻呂が関所を置いて以来、下紐の関として歌枕に挙げられて有名になった。
 この下紐の石は用明天皇の皇妃玉世姫がこの石の上でお産の紐を解かれたという伝説が、乳神様と共に伝わっている。
 藩政時代には路傍にあって「石大仏」と呼ばれていた。

 立かえり 又やへだてん こよいさへ 心もとけぬ 下紐の関
                 左大将公名 になっている

 現とも 夢とも見えぬ 程ばかり かよはばゆるせ 下紐の関
                      大中臣能宜朝臣