石井 雨考(いしい うこう)
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・説明:1749−1827年 79歳没 江戸中期・後期の俳人 須賀川市生まれ
通称は勝右衛門 別号に夜話亭 夜話亭雨考
松尾芭蕉を崇敬し、 軒の栗、 五月雨の句碑の建立に携わった。 著書に 「青蔭集」
同郷の亜欧堂田善としたしかった。二階堂桃祖に俳諧(はいかい)をまなんだ。夏目成美(せいび)と交遊し,その世話をうけて文化11年句集「青かげ」を編集した。
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| 神炊館神社(おたきやじんじゃ) |
・場所:福島県須賀川市諏訪町45−1 Yahoo地図
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石井雨考と市原多代女の直筆の句碑
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| 石井雨考(いしい うこう) |
鶴亀も 下戸にはあらじ 膳飛羅起(ひらき)
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句意:商人のお祭りであった恵比須講の情景を詠んだもの
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| 市原 多代女(いしはら たよじょ) |
此うえに 又としよらん 初時雨
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句意:
81歳の書 |
2013年 両俳人の子孫である、 石井敬三氏(諏訪町)と市原良彦氏(栄町)が同神社に寄贈
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「軒の栗碑」建立
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江戸後期の文政8年(1825年)8月に、土地の俳人石井雨考が同郷の俳人竹馬、英之、阿堂らと共に、芭蕉が庵からの帰りに立ち寄った八幡社の境内に建立したものである。石井雨考は、「蕉門録」の編者・藤井晋流門下の二階堂桃祖に学んだ須賀川の俳人で、寛政5年(1793年)、芭蕉の百回忌を盛大に修している。
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