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東北の歌枕の地を訪ねて
(陸奥は山城・大和に次ぎ、三番目の「歌枕の国」)
籬の島(まがきしま)/曲木島
宮城県塩竈市 塩釜港内の海岸近くにある小島
・場所:宮城県塩釜市新浜町1-10-1 Yahoo!地図
塩竃百人一首・歌枕 籬の島(まがきのしま)へ

シオーモの小径
・場所:宮城県塩竈市海岸通  Yahoo!地図
・説明:「シオーモの小径」は、マリンゲート塩釜とJR本塩釜駅をつなぐ塩釜港沿いの遊歩道に、作品の中で塩釜を「シオーモ」と呼んだ宮沢賢治をはじめ、正岡子規、斎藤茂吉ら著名な作家、歌人、俳人の文学碑計10基などを配置した。眼前に海を楽しみながら、塩釜の魅力を書き残した文人の足跡をたどれる。
 
正岡 子規(まさおか しき)
・説明:1867―1902年 松山市新玉町生まれ、日本新聞社、俳誌「ホトトギス」によって写生による新しい俳句を指導、写生文による文章革新を試みるなど、近代文学史上に大きな足跡を残した。 
「はて知らずの記」
 小舟をやとふて塩釜の浦を発し松島の真中へと漕ぎ出づ、入海大方干潟になりて鳬(かも)の白う処々に下り立ちたる山の緑に副へてたゞならず。先づ第一に見ゆる小さき嶋こそ籬が嶋にはありけれ。此の嶋別にさせる事もなきも其名の聞えたるは塩釜に近き故なるべし。波の花もて結へると詠みたるも面白し。 
「籬嶋」(まがきじま)
涼しさの こゝを扇の かなめかな
 句意:
 塩竃の浦を舟から枕言葉の籬嶋を詠んだ
 1893年(明治26年)汽車で塩竈を訪れる。塩竈神社に詣でて、当時の海老屋旅館で昼食し、船で松島へ
2010.4.8




西山 宗因(にしやま そういん)
・説明:1605−1682年 熊本県生まれ 江戸時代前期の俳人・連歌師。本名は西山豊一
 1661年 塩竃を訪れた
 
島かくす それしも霧の 
 句意: