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釜石市

仙人トンネル東口 
・場所:岩手県釜石市甲子町 仙人トンネル東口 Yahoo!地図
 宮沢 賢治(みやざわ けんじ)
・説明:1896−1933年 37歳没 花巻市生まれ 花巻農学校教師 家を出て農耕・自炊の生活に入る 東北砕石工場の技師  詩人、童話作家、農業科学鉱物研究者
峠詩碑
                峠
 あんまり眩ゆく山がまはりをうねるので ここらはまるで何か光機の焦点のやう
 蒼穹(あおぞら)ばかり いよいよ暗く陥ち込んでゐる
 (鉄鉱床のダイナマイトだ いまのあやしい呟きは!)
 冷たい風が せはしく西から襲ふので 白樺はみな
 ねぢれた枝を東のそらの海の光へ伸ばし
 雪と露岩のけはしい二色の起伏のはてで 二十世紀の太平洋が、
 青くなまめきけむってゐる 黒い岬のこっちには
 釜石湾の一つぶ華奢なエメラルド
 ・・そこでは叔父のこどもらが みなすくすくと育ってゐた・・
 あたらしい風が翔ければ 白樺の木は鋼のやうにりんりん鳴らす
 詩意:
 1990(平成2年)釜石市 建立


釜石大観音境内 鎌崎砲台場跡
・場所:岩手県釜石市大平町3-9-1 釜石大観音境内 鎌崎砲台場跡 Yahoo地図
遠藤 梧逸(えんどう ごいつ)
・説明:1893−1989年、岩手県前沢町生まれ。本名:後一
 仙台二高卒、東大法学部卒 逓信省に入省、郵便局長、東北電力社長などを歴任し、その傍ら、ホトトギス主宰の俳人高浜虚子に師事 主な句集に「六十前後」「梧逸句抄」「帰家穏坐」随筆集「賣られぬ車」「仙台仲間」等
烏賊漁の 出船入船 臠(みそなわ)す
 句意:
 
烏賊漁:(いかりょう):イカ釣り魚
 臠:(みそなわす):ごらんになる

 1970年(昭和45年) 小色隆太郎 建立
2014.9.28


2014.9.28




鉄の歴史館駐車場
・説明:岩手県釜石市大平町3丁目12番7号 Yahoo地図
井上 ひさし(いのうえ ひさし)
・説明:1934−2010年 75歳没 山形県西川町生まれ 小説家 劇作家 仙台一校 上智大学卒
「ひょっこりひょうたん島」より
 意:
  年 建立
 上智大学休学中の2年間を母マスの暮らしていた釜石で過ごしました
2014.9.27



 

釜石駅前
JR釜石駅前復興の鐘/井上ひさし記念碑
・説明:岩手県釜石市鈴子町 Yahoo地図
井上 ひさし(いのうえ ひさし)
・説明:1934−2010年 75歳没 山形県西川町生まれ 小説家 劇作家 仙台一校 上智大学卒
「ひょっこりひょうたん島」釜石小校歌「いきいき生きる」
 意:
  2013年 釜石ロータリークラブ建立
 上智大学休学中の2年間を母マスの暮らしていた釜石で過ごしました

 

八幡宮
・場所:岩手県釜石市大渡町 八幡宮境内 Yahoo地図
長谷川 時雨(はせがわ しぐれ)
・説明:1879−1941年 東京都生まれ 女流劇作家 小説家 
 父の命で鉄成金の息子と結婚 主人が釜石鉱山へ追われ、3年間を釜石で暮らす
「舊聞日本橋」より
 この山住みの丸三年は、あたしに真の青春を教えてくれた。肝心の預けられた息子は居たたまれなくて何かにつけて東京へ帰って長くいるので、あたしは独居の勉強ができた。
 県道からグッと下におりて、大きな岩石に囲まれた瀬川の岸に、岩を机とし床として朝から夕方まで水を眺めくらして、ぼんやりと思索していた。

 あるときは水の流れに、書いても書きつくされないような小説を心で書き流していた。
 詩意:
 舊聞:旧聞:きゅうぶん:前にあった話、古い話
  年 建立
 2014.9.29



 

釜石小学校校門前
・場所:岩手県釜石市大渡町 釜石小学校校門前 Yahoo地図
林 芙美子(はやし ふみこ)
・説明:
 1938年(昭和13年)新聞小説「波濤」の取材のため釜石を訪れた
「波涛」より
 製鐵所の工場の中では窓々に燈火が皎々とついてゐるし、鐵を打つ音が、があん、があんと大きく四圍に響いてゐる
 溶鑛爐の火は、谷間の暗い町の上に、明るい火の粉を散らしてゐる。
 佐山は小高くなった町はづれの、丘の方へ上がってゆきながら、華々しく火を噴いてゐる溶鑛爐の炎を眺めてゐた。青い炎、赤い炎、町の賑やかな燈火、暗い丘の上から町を見てゐると、さながら、上海の夜のやうにも思へた。
 詩意:
 波涛:(はとう):大波、高い波 煌々(こうこう):明るく光り輝くさま
 溶鑛爐(ようこうろ):溶鉱炉
 年 建立
2014.9.28



 

常楽寺
・場所:岩手県釜石市鵜住居町第13地割 常楽寺 Yahoo地図
柳田 國男(やなぎだ くにお)
・説明:1875−1962年 兵庫県生まれ 民俗学者 東京帝国大学法科大学政治科卒
 農商務省に入り主に東北地方の農村の実態を調査・研究する
 遠野物語:1910年遠野市出身の小説家・民話蒐集家であった佐々木喜善によって語られた遠野盆地〜遠野街道に纏わる民話を、柳田が筆記・編纂し自費出版
 
雪国の春
 東北の風光の美しいのは誰に聞いても紅葉の秋だという。それから後の冬木立の山野もよし、春は四峰の雪白水が充ちあふれて、蛙・郭公の啼くころの若緑も、永く待っただけに、人の心をとろかすようにあるらしい。
 それが再び次の秋に移っていくまでの数週間は、土地の人々には休憩であり昼寝であって、必ずしもこれを顧みるに足らぬのか知らぬが、生憎その時ばかりが旅行者の季節である。
 それも火酒を頓服するような都人式の急行納涼ならば、変化の少しでも激しいのを喜んでもよかろうけれども、あるいはたたずみあるいは腰を掛けて、静かにみておりたい者には、少しくあの色彩が単調であり、また無用であるように感じないわけにいかぬ
   北の野の緑
  鵜住居の浄(常)楽寺は陰鬱なる口碑に富んだ寺だそうだが、自分は偶然その本堂の前に立って、しおらしいこの土地の風習を見た
   豆手帳から
 詩意:
  年 建立
2014.9.28



 

釜石市只越町
・場所:岩手県釜石市只越町 Yahoo地図
高村 光太郎(たかむら こうたろう)
・説明:1883−1956年 東京生まれ  詩人、彫刻家 本名:光太郎(みつたろう)
 1945年空襲で東京の自宅とアトリエを焼失し、宮沢賢治の縁で花巻に疎開。
 敗戦後は1952年まで、雪深い花巻郊外(当時太田村山口)に住んだ
「三陸廻り」
 意:
 三陸廻り:1931年(昭和6年)時事新報の委嘱によって三陸地方を旅行 石巻−牡鹿半島−金華山−女川−気仙沼−宮古−鍬ヶ崎
  年 建立
 

 

薬師公園入口
・場所:岩手県釜石市大町3-1 薬師公園の上り口左手側の岩 Yahoo地図 
上田 聴秋(うえだ ちょうしゅう)
花の本 聴秋(はなのもと ちょうしゅう)
・説明:1852−1932年 82歳 俳人 俳号は不識庵、別名「花本聴秋」
はつ日の出 暫時(しばらく)あって 波ひとつ
 意:1909年(明治42年)に釜石を訪れて薬師山上から釜石の工場を見て詠んだ句
 1990年(平成2年) 釜石市建立
2014.9.28



薬師公園入口
・場所:岩手県釜石市大町3-1 薬師公園の上り口左手側の岩  Yahoo地図
巌谷 小波(いわや さざなみ)
・説明:1870−1933年 東京都生まれ 児童文学者、小説家、俳人
そのむかし 海嘯(つなみ)の襲ひし ところかや
 句意:
涼しさや 松にのみ聞く 濤(なみ)の音
 句意: 
  年 建立
 1909年(明治42年)に釜石を訪れて詠んだ句
2014.9.28


 

薬師公園の入口階段手前右側
・場所:岩手県釜石市大町3-1  Yahoo地図
工藤 俳痴(くどう はいち)
・説明:1852−1932年 盛岡市生まれ 医師 俳人 本名:大助
 明治29年に津波で大きな被害を受けた釜石の町医として招かれ、その後製鉄所病院医師、同病院長、町立釜石病院長などを歴任
長命は 平凡にあり 桃の里
 句意:
  年 建立
2014.9.28


2014.9.28



薬師公園の中腹
・場所:岩手県釜石市大町3-1 観音寺の上  Yahoo地図
板澤 武雄(いたざわ たけお)
・説明:1895−1962年 釜石市生まれ 遠野中学卒 仙台二高卒 東京帝大卒 歴史学者 元東京大学教授 法政大学教授 戦後は観音寺の18世和尚
かわりゆく 我がふる里の ふるごとを 伝えおかばや 後の世のため
 歌意:
  1990年(平成2年)釜石市 建立
 2014.9.28




観音寺
・場所:岩手県釜石市大町3-1   Yahoo地図
工藤 俳痴と妻の藤女の夫婦句碑
工藤 俳痴(くどう はいち) 
・説明:1852−1932年 盛岡市生まれ 医師 俳人 本名:大助
 明治29年に津波で大きな被害を受けた釜石の町医として招かれ、その後製鉄所病院医師、同病院長、町立釜石病院長などを歴任
すいと来て やんまの通る 座敷かな
 意: 
工藤 藤女(くどう とうじょ)
・説明:工藤俳痴の妻
夕晴に こぼるゝ花や 茶の木原
 句意: 
  年 建立
2014.9.28



観音寺
・場所:岩手県釜石市大町3丁目 観音寺境内 岩に刻む Yahoo地図
上田 聴秋(うえだ ちょうしゅう)
花の本 聴秋(はなのもと ちょうしゅう)

・説明:1852−1932年 俳人 俳号は不識庵、別名「花本聴秋」
名月や 御国を富寸 煙の上
 句意:
  年 建立

薬師公園
・場所:岩手県釜石市大町3丁目   Yahoo地図
昔の釜石甚句 
田舎なれども 釜石薬師 出船入船 目の下に
 意:
 1978年(昭和53年) 建立
2014.9.28



 
大平公園
・場所:岩手県釜石市大平町3丁目 Yahoo地図
中村 文女(なかむら あやめ)
・説明:1910−1933年 24歳 気仙沼市生まれ アララギ派の女流歌人
    1933年(昭和8年)の三陸大津波で死亡 本名:華子
    中村文女遺稿「早蕨集」(さわらびしゅう)1934年(昭和9年)発行
つきつめて ものを思ふも すべなかり おほよそにして 過ぎ行くものを
 歌意:
 1931年(昭和6年)毎日新聞に掲載されたもの
 1698年(昭和43年) 上野 勇(かつて紙上で彼女の句を読み感銘を受け、若くして亡くなった歌人への慰霊の意味を込めて) 建立 
2014.9.28




橋野町の芳形
・場所:釜石市橋野町21地割 この辺りYahoo地図  案内なしでは難しい
 芳形は街道中最も難所とされた和山峠の頂上
児島 大梅(こじま たいばい)
・説明: 年 江戸の俳人 
雨迺日(あめのひ)や 座敷まで来流(くる) 馬迺蠅(うまのはえ)
 句意:
 1829年(文政12年)師匠来遊記念として貫洞卓堂・小森卓郎らが建立
 山田に住む弟子・貫洞卓堂を訪ねる途中に立ち寄った芳形の茶屋で詠んだ句
 市指定文化財


 


 

 
・場所:
()
・説明: 年
「」
 意:
  年 建立

 


 
・場所:
()
・説明: 年
 
 意:
  年 建立