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田野畑村

平井賀漁港
・場所:岩手県下閉伊郡田野畑村羅賀地内 Yahoo!地図
宮沢 賢治(みやざわ けんじ) 
・説明:1896−1933年 37歳没 花巻市生まれ 花巻農学校教師 家を出て農耕・自炊の生活に入る 東北砕石工場の技師  詩人、童話作家、農業科学鉱物研究者
 1926年(大正15年)3月に花巻農学校を退職し、4月に宮沢家の別宅であったこの場所に移り、独居自炊で2年間みずから農民となって、農民とともに科学と文化を共有し発展させるという理想を目ざした。平井賀漁港内にある「発動機船一」は、東日本大震災による津波のため流出し、現在は設置されておりません
 
 「発動機船 1」
うつくしい素足に長い裳裾をひるがへし           
この一月のまっ最中つめたい瑯カンの浪を踏み        
冴え冴えとしてわらひながらこもごも白い割木をしょって   
発動機船の甲板につむ頬のあかるいむすめたち        
・・あの恐ろしいひでりのために みのらなかった高原は   
いま一抹のけむりのやうに この人たちのうしろにかゝる・・ 
赤や黄いろのかつぎして雑木の崖のふもとから        
わづかな砂のなぎさをふんで石灰岩の岩礁へ         
ひとりがそれをはこんでくればひとりは船にわたされた    
二枚の板をあやふくふんでこの甲板に負ってくる       
モートルの爆音をたてたまゝ船はわづかにとめられて     
潮にゆらゆらうごいてゐるとすこしすがめの船長は      
甲板の椅子に座って両手をちゃんと膝に置き         
どこを見るともわからず口を尖らしてゐるところは      
むしろ床屋の親方などの心持そばでは飯がぶうぶう噴いて   
角刈にしたひとりのこどもの船員が立ったまゝすりばちをもって
何かに酢味噌をまぶしてゐる日はもう崖のいちばん上で    
大きな榧の梢に沈み波があやしい紺碧になって        
岩礁ではあがるしぶきやまたきららかにむすめのわらひ    
沖では冬の積雲がだんだん白くぼやけだす          
 詩意:
 年 建立
 

 
三陸鉄道 カルボナード島越駅前広場 
・場所:岩手県下閉伊郡田野畑村島越 Yahoo!地図  
 宮沢 賢治(みやざわ けんじ)
・説明:1896−1933年 37歳没 花巻市生まれ 花巻農学校教師 家を出て農耕・自炊の生活に入る 東北砕石工場の技師  詩人、童話作家、農業科学鉱物研究者
 1926年(大正15年)3月に花巻農学校を退職し、4月に宮沢家の別宅であったこの場所に移り、独居自炊で2年間みずから農民となって、農民とともに科学と文化を共有し発展させるという理想を目ざした。
 
「発動機船 2」
船長は一人の手下を従へて手を腰にあて           
たうたうたうたう尖ったくらいラッパを吹く         
さっき一点赤いあかりをふってゐた             
その崖上の望楼にむかひ さながら挑戦の姿勢をとって    
つゞけて鉛のラッパを吹きたうたうたうたう         
いきなり崖のま下から一隻伝馬がすべってくる        
船長はぴたとラッパをとめそこらの水はゆらゆらゆれて    
何かをかしな燐光を出し近づいて来る伝馬には        
木ぼりのやうな巨きな人が十人ちかく乗ってゐる       
たちまち船は櫓をおさめそこらの波をゆらゆら燃した     
たうたうこっちにつきあたるへさきの二人が両手を添へて   
鉛いろした樽を出すこっちは三人 それをかゝへて甲板にとり 
も一つそれをかゝえてとれば向ふの残りの九人の影は     
もうほんものの石彫のやうじっとうごかず座ってゐた     
どこを見るのかわからない船長は銀貨をわたし        
エンヂンはまたぽつぽつ云ふ沖はいちめんまっ白で      
シリウスの上では一つの氷雪がしづかに溶け         
水平線のま上では乱積雲の一むらが             
水の向ふのかなしみをわづかに甘く咀嚼する         

この詩は、大正十四年(一九二五年)一月七日 三陸地方を訪れた宮沢賢治が貨客船羅賀丸で この地から宮古に向かった時の三つの作品の内の一篇です 五十行の作品ですが宮沢清六氏のご承諾をえて一部を省略しました
<発動機船1>は田野畑駅の東側に<発動機船2>は田野畑駅に詩碑が有ります
 詩意:
 年 建立


カンパネルラ田野畑駅前広場
・場所:岩手県下閉伊郡田野畑村和野第2地割46-16 Yahoo!地図 
 宮沢 賢治(みやざわ けんじ)
・説明:・説明:1896−1933年 37歳没 花巻市生まれ 花巻農学校教師 家を出て農耕・自炊の生活に入る 東北砕石工場の技師  詩人、童話作家、農業科学鉱物研究者
 1926年(大正15年)3月に花巻農学校を退職し、4月に宮沢家の別宅であったこの場所に移り、独居自炊で2年間みずから農民となって、農民とともに科学と文化を共有し発展させるという理想を目ざした。
 
 「発動機船 3」
石油の青いけむりとながれる火花のしたでつめたくなめらかな 
月あかりの水をのぞみちかづく港の灯の明滅を見まもりながら 
みんなわくわくふるえてゐる・・水面にあがる冬のかげらふ・・
もゝ引ばきの船長もいまは鉛のラッパを吹かず        
青じろい章魚をいっぱい盛った樽の間につっ立って      
やっぱりがたがたふるえてゐるうしろになったトドの崎の燈台と
左にめぐる山山をやゝ口まげてすがめにながめ        
やっぱりがたがたふるえてゐる・・ぼんやりけぶる十字航燈・・
あゝ冴えわたる星座や水やまた寒冷な陸風や         
もう測候所の信号燈や町のうしろの低い丘丘も見えてきた   
羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ             
 詩意:
 年 建立
 

 
 
本家旅館
・場所:岩手県下閉伊郡田野畑村羅賀3「本家旅館」内 Yahoo地図
三好 達治(みよし たつじ)
・説明:1800−1964年 大阪市生まれ 詩人 作詞家 東大仏文科卒
「桐畑」
麦の刈られた後だろう…
 意:
  年 建立 
 1959年(昭和34年)8月、詩人の三好達治は平井賀漁港を訪れて本家旅館に泊まる


 
鵜の巣断崖園地
・場所:岩手県下閉伊郡田野畑村真木沢 鵜の巣断崖園地 Yahoo地図
吉村 昭(よしむら あきら)
・説明:1927−2006年 東京都生まれ 79歳没 小説家
    1966年太宰治賞 1973年菊池寛賞 津村節子の夫
 「星への旅」より
 水平線に 光の帯が流れている 漁船の数はおびただしいらしく
 明るい光がほとんど切れ目もなく 点滅してつらなっている
 それは夜の草原に壮大な陣を布く大軍の篝火のようにみえ
 光が 水平線から夜空一面に広がる 星の光と同じまたたきを
 くりかえしていた
 意:
  年 建立



「思惟大橋」の袂
・場所:岩手県下閉伊郡田野畑村菅窪223-7 国道45線「思惟大橋」の袂 Yahoo地図
津村 節子(つむら せつこ)
・説明:1928−年 福井市生まれ 学習院女子短期大学卒 1964年「玩具」芥川賞
    
吉村 昭の妻
「道に感謝する詩碑」
光の中に緑の中に 光の中に 潮風の中に架けられた 田野畑の橋
豊かな幸と 美しい笑顔とやさしい心に出会える 田野畑の道  
田野畑の橋は 未来を開く橋 田野畑の道は 夢に向かって歩く道
 詩意:
  年 建立

 
 
  
道の駅「たのはた」/思惟大橋コミュニティ公園
・場所:岩手県下閉伊郡田野畑村管窪223-85 Yahoo地図
西塔 幸子(さいとう こうこ)
・説明:1900−1936年 35歳没 岩手県矢巾町生まれ 岩手師範学校卒 
憂きことも 束の間忘れすなおなる 心になりて山にものいふ
 意:
越え来れば 三沢は眼路の 涯にして 夕日あかあかと 雉子鳴きており
 歌意: 
  年 建立

 

  
 
・場所:
 ()
・説明:


 意:
  年 建立