山形県の句碑・歌碑・詩碑
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最上町
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最上町
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| 瀬見温泉(せみおんせん)・湯前神社(ゆのまえじんじゃ) |
| ・場所:山形県最上町大堀 瀬見温泉湯前神社地内 Yahoo!地図 |
齋藤 茂吉(さいとう もきち)
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・説明:山形県上山市生まれ。1882−1953年 71歳 医学と歌人として活動
山形の人々と山河を愛し、父と母を愛し続けた歌人 |
みちのくの 瀬見のいで湯の 朝あけに 熊茸という きのこうりけり
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歌意:
熊茸(くまたけ):香茸とも呼ばれ香りがよい貴重なキノコ
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・詠んだ時期・場所:1946年(昭和21年)の秋瀬峰温泉に湯治された折 11首を詠み「白き山」にのこされている。
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1988年(昭和63年) 瀬見温泉観光協会 建立
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2013.6.14

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作者不明
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和子めでて 瀬見わたりゆく 武者の影
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句意:
和子(わこ):身分の高い人の男の子供(源義経の子供)
源義経北の方が亀若丸を出産した瀬見温泉、1187年(文治3年)旧4月8日
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作者不明/芝山
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川? の 志乃 瀬見涼し
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句意:
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年(年) 建立
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2013.6.14

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封人の家(ほうじんのいえ)/旧有路(ありじ)家宅
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| ・場所:山形県最上町堺田59-3 Yahoo!地図 |
2013.6.14

封人の家(ほうじんのいえ)/旧有路(ありじ)家宅
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| 松尾 芭蕉(まつおばしょう) |
・説明:1644−1694年 51歳 三重県伊賀市出身 本名:松尾宗房(むねふさ)
江戸時代前期の日本史上最高の俳諧師の一人 |
蚤虱 馬の尿する 枕元
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のみしらみ うまのばりする まくらもと
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・句意:蚤や虱にさされ、おまけに枕元では馬の小便の音がする。なんとわびしい旅の夜だろう。
・詠んだ時期・場所:1689年(元禄2年) 封人の家(この場所)
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| 1961年(昭和36年) 最上町 建立 小宮豊隆の揮毫 |
2013.6.14

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| 上田 五千石(うえだ ごせんごく) |
| ・説明:1933−1997年 63歳没 東京都生まれ 本名:上田明夫 俳人 |
べにばな国体(1992年) 炬火採火(きょかさいか)記念詠句
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手玉にも とろや出羽の 初茄子
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句意:
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封人の 初火たばしる 秋のくれ
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句意:
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炬火を継ぐ 声に澄みゆく 小国川
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| 句意: |
2001年(平成13年) 上田五千石門弟 建立 最上町長 中村 仁書
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2013.6.14

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堺田駅(さかいだえき)分水嶺
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・場所:山形県最上町堺田 Yahoo!地図
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| 分水嶺にて「Let‘s俳句」 |
2025.9.22


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分水嶺 左も右も 海へつく きくち
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分水嶺 芭蕉も聞いたか 鳥の声 ユウキ
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買ってでも 飲みたかったよ 分水の水
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分水嶺 猫とも別れて 分猫嶺 庭三草
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分水嶺 水の流れに 身をまかせ 恵子
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車窓から 交した小指 暖かい 千人針
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分水嶺 流れるままに バイク旅 女さん
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いざさらば いづれ再び 海一味 ゼロ
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たちあおい 別れる嶺に 花が散り ひろのり
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分水嶺 別れた人は 今いずこ こうへい
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童心に 返りし男の とんぼ狩り 東京尾崎愛
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雨上がり じかに感じる 本当の良さ 無名
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ここに来て堺田の皆さんコロナに負けるな 旅の音
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義母見し 分水嶺 今は別れゆく 熊五郎
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春の小川 音たて流れ 分かれゆく あこがれのサチ
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三十路入り 愛だ恋だの 分水嶺 みさを
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清き水 長旅の後 大海へ PURPLEマウンテン
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周り見て マスクはずして 深呼吸 うまし
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行く行かない 来てよかったべと 鼻高し 小鼻
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忘れてた 分水嶺から 再挑戦 幸
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分水嶺 八重の桜に 生方訊き マモちゃん
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水の音 川の流れに 右左 レモンさいたま
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夏休み 楽しみだけど 宿題が ゆうや444
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流し葉の 止まりて惑う 分水嶺 バタ子
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東西の道分かつ場所 ここにあり モリワケダイスケ
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分水嶺 想いをのせて 流れてく YGN
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水の音 遠い昔に 聞いたよな 神町さくらんぼ
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草の香りと せせらぎ涼し 分水嶺 みい
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山深き 道の先にも 別れあり オオクボ
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西東 分かつる涯の 水の旅 しとうだこう
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夏風の 香りを越えて 家人微笑む さらい
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春の小川 口ずさみ歩く 分水嶺 野の花
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汽車を待つ あづま屋涼し 水の音 18キッパー
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分かれても 必ず会える 運命かな ほとけ
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運命の別れ目 左右を決める 川の流れ 宮城 竹内
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露草に 我の八年前 連れ歩く さるよ
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みみに入る せせらぎの音 二人旅 宮城のババ
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人生に 何度来るのか 分水嶺 陳
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ぶんすいれい またいでみたら おちちゃった ひかる
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GW 私一人の 分水嶺 RSK
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僕は右 君は左か 分水嶺 まつ おばしょう
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右左 流れのままに 生きていく 良英
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分水嶺 二人の思い 海で待ち合わせ 封人の家 中鉢
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また逢う日 かすかに望み 右左 マッチ
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| これが来て 分かたる水に 手をひたす 福島の幸 |
栗の実の 落つるは 東か西か 来沢太郎
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分水嶺 落ち葉どちらに 行くのかな かなえ
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藤沢 周平(ふじさわ しゅうへい)
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・説明:1927−1997年 山形県鶴岡市高坂生まれ 小説家 本名:小菅 留治
山形師範学校卒 湯田川中学校教師 肺結核で休職 業界新聞 日本食品加工新聞の記者
暗殺の年輪で第69回直木賞
江戸時代を舞台に、庶民や下級武士の哀歓を描いた時代小説作品を多く残した
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随筆集 「山峡の道」より
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汽車は県境を越えたところにある堺田という高原の小駅につくと、しばらく停車した。がらんとしたホームに降りると掲示板で、そこは封人(関守)の家が残っている聚落だとわかる。
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2013.6.14

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山刀伐峠(なたぎりとうげ)
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| ・場所:山形県最上町/尾花沢市 Yahoo!地図 |
おくのほそ道 顕彰碑/「奥の細道」文学碑
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高山森々ととして一鳥聲きかず 木の下闇茂りあいて夜行くがごとし
雲端につちふる心地 して篠の中踏分、水をわたり岩に蹶き(つまづき)て
肌につめたき 汗を流して最上の庄に出づ
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1967年(昭和42年)山形県奥の細道観光資源保存会 尾花沢市 最上町 建立
俳人:揮毫:加藤楸邨
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2013.6.14

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| 賽の神(さいのかみ)/道祖神社 |
| ・場所:山形県最上町大字満沢字細ノ原500-3 Yahoo!地図 |
太 先?
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遠? 空 禿岳見て 花の?
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| 句意: |
1967年 建立 加藤楸邨の筆
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2013.6.14

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五十嵐重芳氏宅前
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| ・場所:山形県最上町向町 Yahoo!地図 |
| 松尾 芭蕉(まつお ばしょう) |
・説明:1644−1694年 51歳没 三重県伊賀市出身 本名:松尾宗房(むねふさ)
江戸時代前期の日本史上最高の俳諧師の一人 |
柴付けし 馬のもどりや 田植樽
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しばづけし うまのもどりや たうえだる
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句意:来るときには柴を満載した農夫が、帰りには田植えの晩に振舞う田植え酒の樽を馬の背中に乗せて帰っていく
・詠んだ時期・場所:1694年(元禄7年) 伊賀上野
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1955年(昭和30年) 五十嵐重芳ら 建立 天徳寺住職小川信芳天山筆
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旧碑は昭和十七年三月三日向町大火の際焼けて上部を欠く
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