| 山形県の句碑・歌碑・詩碑 |
| 南陽市 |
長谷観音
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| ・場所:山形県南陽市宮内町 長谷観音 二王門横 Yahoo!地図 |
高浜 虚子(たかはま きょし)
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・説明:1874−1959年 愛媛県松山市生まれ 明治から昭和の俳人、小説家
本名:清 虚子号は本名をもじって正岡子規によりつけられた
京都の旧制第三高等学校入学、碧梧桐も後れて入学同居し俳友とも交わった。学制改革でともに仙台の二高に移ったが、文学への念強く1894年そろって退学上京
明治31(1898)年松山から発行されていた『ホトトギス』を引き継いで東京から編集発行し,俳句とともに写生文や小説を掲載,明治38年からは夏目漱石の「吾輩は猫である」「『坊つちやん」などの掲載で誌名を高めた。 |
雪の暮 花の朝の 観世音
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| 句意: |
1953年(昭和28年) 須藤永治氏が建立し、裏には「奉祈願国家安全中内平和、高浜先生に請うて」と刻まれている。
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2013.8.22

2013.8.22

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| 長谷観音 |
| ・場所:山形県南陽市宮内町 長谷観音 Yahoo!地図 |
| 結城 哀草果(ゆうき あいそうか) |
・説明:1893−1974年 享年80 山形市下条町生まれ 本名:光三郎
生まれて直ぐ山形市菅沢(本沢)の豪農結城家の養子となる 歌人、随筆家
1914年齋藤茂吉に師事、東北の農村生活と自然をうたう 1929年歌集「山麓」
1955年歌誌「赤光」を創刊
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| 置賜は くにのまほろば 菜種咲き 若葉茂りて 雪山も見ゆ |
| 歌意: |
1959年(昭和34年) 建立
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2013.8.22

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長谷観音
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・場所:山形県南陽市宮内町 長谷観音 Yahoo!地図
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佐佐木 信綱(ささき のぶつな)
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・説明:1872−1963年 91歳 鈴鹿市生まれ 佐々木弘綱の長男
歌人、国文学者 高崎正風の弟子 |
国のため 玉とくたけし ますらをを とはに守りませ 長谷のみ佛
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| 歌意: |
| 年 建立 |
2013.8.22

正面 2013.8.22

横面 2013.8.22

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| フラワー長井線宮内駅 |
| ・場所:山形県南陽市宮内町 Yahoo!地図 |
| 結城 よしお(ゆうき よしお) |
・説明:1920−1944年戦死 南陽市宮内生まれ 24歳戦争で死亡 本名:芳夫
ないしょ話は19歳の作成 俳人 結城三男の長男 |
「ないしょ話」
ないしょ ないしょ
ないしょの話は アノネのネ
ニコニコニッコリネ、母チャン
お耳ヘこっそり アノネのネ
坊やのお願い 聞いてよネ
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| 2002年(平成14年) 宮内駅前商店会 建立 |
2013.8.22

1944年(昭和19年)9月13日、パラチフスという病気にかかり、24歳の若さでなくなりました。
その枕もとで、母は、童謡をうたいました。
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父 健三
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臨終の 子に童謡を 聞かせつつ 頬つとふ涙 妻は拭はず
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| 歌意:今なくなろうとしている子供に童謡を聞かせながら頬に伝わる涙を妻はふくこともしない。 |
| 母 えつ |
乳首吸う 力さへもなし 二十五の 兵なる吾が子よ 死に近き子よ
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歌意:乳首を吸う力もない。二十五歳になった兵士である我が子よ。もう死んでいく子よ。
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2013.8.22

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