高野 一栄(たかの いちえい)
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・説明:芭蕉より8歳上−1725年 大石田村の河港近くの船問屋 本名:高野平右衛門:平四郎
高野一栄邸跡(芭蕉3泊した所)
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| 芭蕉翁真蹟歌仙“さみだれを”の碑/高野一栄邸跡(芭蕉3泊した所) |
高野一栄邸跡(芭蕉3泊した所)
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| ・場所:山形県北村山郡大石田町本町 高野一栄邸跡 Yahoo!地図 |
松尾 芭蕉(まつお ばしょう)
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・説明:1644−1694年 51歳没 三重県伊賀市出身 本名:松尾宗房(むねふさ)
江戸時代前期の日本史上最高の俳諧師の一人
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さみだれを あつめてすヽし もかミ川
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さみだれを あつめてはやし もがみがわ
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句意:降り続く五月雨(梅雨の雨)を一つに集めたように、何とまあ最上川の流れの早くすさまじいことよ。
・詠んだ時期・場所:1689年 「奥の細道」
山形県大石田の船宿経営高野平左衛門(一栄)方にて行われた句会の冒頭の発句
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1987年(平成元年) 建立
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高野 一栄(たかのいちえい)
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岸に ほたるを繋ぐ 舟杭(ふなぐい)
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句意:岸に蛍舟をつなぐ杭にすぎませんよ
歌仙の脇句である
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河合 曽良(かわい そら)
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・説明:1649−1710年 長野県諏訪市生まれ 俳諧師 芭蕉の奥の細道に同行した弟子
蕉門十哲の一人 |
爪ばたけいざよふ 空に影待ちて
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句意:瓜畑は、 十六夜ですから遅い月の出を待っている様子です
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高桑 川水(たかくわ せんすい)
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・説明:芭蕉と同じ年−1709年 67歳没 高桑加助吉直、金蔵と称し、大石田の庄屋(村長)を勤めた、のちに隠居して加助と称した。同家の過去帳によれば、大石田高桑家はもと下野国芳賀郡の出で、尾花沢の銀山が隆盛の頃に、大石田に移り住んだ。川水は、その三代目金蔵重好の長男として生まれたが、四代目は末弟の宗左衛門吉武が継いだようである。「おくのほそ道」当時、川水は隠居の身で、年齢は芭蕉と同じく四十六歳だった。
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里をむかひに 桑のほそミち
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句意:
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高野 一栄(たかの いちえい)
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うしのこに こゝろなくさむ ゆふまく
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句意:
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芭蕉
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水雲重し ふところの吟
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句意:
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2013.5.23

2013.5.23

2013.5.23

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西光寺(さいこうじ)
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| ・場所:山形県北村山郡大石田町字大石田乙692 Yahoo!地図 |
歌仙の脇句
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高野 一栄(たかの いちえい)
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| 岸にほたる 繋ぐ舟杭 |
句意:
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年 建立
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2013.5.23

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| 若水や 竜の都も 千尋繩 |
| 年の花や あき仙人 歌枕 俳諧おくれ双六 |
| しられけり 鐵西行の 秋の暮 |
| 若水や 竜のみやこも 千尋網 稲莚 |
| 鳥海の 雪よりおろせ ほとゝぎす 継尾集 |
鳥海の雲よりおりず揚雲雀(あげひばり)
揚雲雀(あげひばり):季語:春 カゴからだした雲雀を空高く舞い上げ、鳴き声を楽しむ技術 |
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