| 青森県の文学碑 |
十和田市焼山 奥入瀬観光センター前
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・場所:青森県十和田市焼山 奥入瀬観光センター前 Yahoo地図
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大町 桂月(おおまち けいげつ)
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・説明:1869-1925年 57歳没 高知市生まれ、「行雲流水」や「日本の山水」などを刊行、紀行文家として名声を獲得
十和田を広く世に紹介した人物、蔦温泉で晩年を過ごした。
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住まば日の本 遊ばば十和田 歩きゃ奥入瀬三里半
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| 意: |
1923年(大正12年)建立
1921年(大正11年)に詠んだ奥入瀬渓流を讃えたものとして桂月の代表作
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2014.7.21

大町桂月先生リレーフ

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山は富士 湖水は十和田 広い世界に ひとつづつ
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1921年(大正11年)に詠んだ歌
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十和田市焼山/歌謡曲奥入瀬
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| ・場所:青森県十和田市焼山 遊歩道入口 Yahoo地図 |
作詞:北川文化 作曲:桜庭伸幸 唄:山本譲二
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奥入瀬 雪どけ 阿修羅の流れ 君をさがして鳴く鳥 水面に浮かぶさだめ
時はめぐり また春がきて あの日とおなじ 花は忘れな草
こころの中で今も やさしくささやく 愛しい君に また逢いたい
白樺 せせらぎ 木もれ陽あびて 君と歩いたこの道 はるかな愛のわだち
空よ風よ なぜこんなにも 遠くて近い みんな過去なのに
こころの中で今も くるしくなるほど 愛しい君に また逢いたい
鳥よ川よ 夢おきざりに 生きてはゆけぬ 命あるかぎり
こころの中で今も せつなくときめく 愛しい君に また逢いたい
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1994年(平成6年)建立 2012年現在地に移設
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2014.7.21

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八甲田パノラマパークゴルフ場
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| ・場所:青森県十和田市大字法量字焼山64-125 Yahoo!地図 |
大町 桂月(おおまち けいげつ)
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・説明:1869-1925年 57歳没 高知市生まれ、「行雲流水」や「日本の山水」などを刊行、紀行文家として名声を獲得
十和田を広く世に紹介した人物、蔦温泉で晩年を過ごした。
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花外は酒を飲まむとて 下界をさして下りゆく 桂月は酒を飲まむとて
尾上をさしてのぼりりゆく 花外は好む梯子酒 痛飲淋漓千鳥足
世のあはれなる物語 花外はないて聞くならむ 峰のさかなは木の子なり
鳥の音楽雲の舞 名奔利走の塵の世を 桂月は足の下に見る 明日はもどりて一つ宿
共に語らむ風呂の中 さらばと渡る丸木橋 二人をへだつ谷の水
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詞意:
花外:児玉花外 詩人
痛飲淋漓:つういんりんり:おおいに酒を飲み、勢いあふれるさま
名奔利走:めいほんりそう:自分の名誉や利益のために懸命なさま
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年 建立 桂月の没後75年を記念
1923年(大正12年10月から翌年2月)児玉花外と蔦温泉で一冬過ごしたとき詠んだ歌
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焼山、立田の滝
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| ・場所:青森県十和田市大字法量字焼山 Yahoo!地図 |
大町 桂月(おおまち けいげつ)
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・説明:1869-1925年 57歳没 高知市生まれ、「行雲流水」や「日本の山水」などを刊行、紀行文家として名声を獲得
十和田を広く世に紹介した人物、蔦温泉で晩年を過ごした。
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立田姫 錦をさらす 大巌に みだれてかかる 白糸の滝
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歌意:女神の化身のような美しい錦葉が乱れて伝い落ちる滝の様はこの世の物とは思えない。
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1921年(大正10年)11月15日 温泉より奥入瀬渓流遡上途中にて詠む
年(大正10年)建立
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焼山詩の道
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| ・場所: Yahoo!地図 |
八木田 順峰(やぎた じゅんぽう)
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・説明:1936-年 青森県南部町生まれ 農業
2015年歌会始 佳作 図書館の三十万分の一の本「梁塵秘抄」を選りて読みだす
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うららかな初夏の日ざしに鍬を振る
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意:
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年(15年)建立
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焼山詩の道
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| ・場所: Yahoo!地図 |
八木田 順峰()
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・説明:
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若葉透くひかりのシャワーを浴びながら
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意:
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年(平成14年)建立
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焼山詩の道
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| ・場所: Yahoo!地図 |
八木田 順峰()
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・説明:
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橅若菜萌えて明るき蔦沼の
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意:
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年(15年)建立
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道の駅「奥入瀬」奥入瀬ろまんパーク内。
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| ・場所:青森県十和田市奥瀬字堰道39-1 Yahoo!地図 |
大町 桂月(おおまち けいげつ)
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・説明:1869-1925年 57歳没 高知市生まれ、「行雲流水」や「日本の山水」などを刊行、紀行文家として名声を獲得
十和田を広く世に紹介した人物、蔦温泉で晩年を過ごした。
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かすみたるの 下界を四方に みおろして 我ひとりたつ 堅雪の山
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かすみたるの げかいをよもに みおろして われひとりたつ かたゆきのやま
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| 意: |
| 鶯や 却下積雪 雲の海 |
うぐいすや きゃっかかたゆき くものうみ
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意:
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高田大岳は、八甲田群峰の一也。孤立して富士形を成す。頂は東西二峰に分る。
今登りたるは、東峰也。北の脚下には奇巌散在し、その末に田代温泉見ゆ。
眼を放てば、青森市見え、青森湾も見ゆ。東は雛岳、八幡岳などを越えて三本木平原、小河原沼、太平洋、一眸(いちぼう)の中に在り。南は十和田湖の一小部見え、御子(おんこ)、戸来(ひらい)の彼方に、岩手山雲表(うんぴょう)秀峙(しゅうじ)す。
西は西峰、八甲田大岳、井戸岳などに遮らる。西峰に至れば、津軽平原の末に岩木山を望み、井戸岳より、八甲田大岳、小岳、石倉岳へかけ、更に駒ヶ峰、乗鞍岳、赤倉岳(南)へかけ、更に御子岳、戸来岳、岩手山へかけて、南北に連亙(れんが)せる最大山脈の山々を見渡し、実に目覚むるばかりの眺望也 |
| 1997年(平成9年)桂月の来町(旧十和田湖町)90周年を記念 建立 |
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十和田市奥入瀬 銚子大滝
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| ・場所:青森県十和田市奥入瀬 Yahoo地図 |
佐藤 春夫(さとう はるお)
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・説明:1892-1964年 和歌山県新宮市生まれ 小説家 慶應義塾大学中退
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「奥入瀬渓谷の賦」
おちたぎり急ぎ流るる なかなかにみつゝ悲しき
行きゆきて野川と濁る 汝(な)が末を我し知れれば
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:1953年(昭和28年)10月、十和田八幡平国立公園指定十五周年を記念して、奥入瀬渓流の銚子大滝そばに佐藤春夫詩碑が建立され、この「おちたぎり~」の詩句が奥入瀬の天然石に刻まれた。
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年 建立
佐藤春夫が初めて奥入瀬を訪れたのは、1951年(昭和26年)のことであった。6月30日、作詞を担当した青森県立三本木高等学校の校歌制定発表式に出席するため青森県を訪れ、その後、奥入瀬・十和田湖・蔦、、恐山、種差などを巡っている。
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奥入瀬谿谷の賦 佐藤春夫
瀬に鳴り渕に咽びつつ 奥入瀬の水歌うなり しばし木陰に佇みて 耳かたむけよ旅人よ
うれしからずや谿深み 林のわれを養ふは 水清くして魚住まず 望すぐれて愁(うれい)あり
十和田の湖の波の裔(すえ)身の清冽を愛(を)しめども 深山を出でて野に向ふ 身を現実こそ是非なけれ
友よ谷間の苔清水 歯朶(しだ)の雫よ瀧つ瀬よ やがて野川に濁るべき 明日の運命は欺かざれ
しばしは此処にいざよひて さみどり深く閉したる高山の気を身に染(し)めん 花も楓も多(さわ)なるを
林に藤の大蛇(おろち)あり 谿に桜の鰐朽ちて 何をか求め争うや わが幻をにくむかな
さもあらばあれ木洩日の 漂う波に光あり 水泡(みなわ)はしろく花を咲き 鶯老いて春長し
もしそれ霜にうつろはば 狭霧のひまの高麗錦(こまにしき) 流れる影も栄えあり みな一時の夢ながら
わが行く前の十四キロ ここに歌あり平和あり また栄あり劣らめや 浮かべる雲のよろこびに
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2014.7.21

銚子大滝 2014.7.21

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