遊佐町
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吹浦海岸羅漢岩/十六羅漢岩
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| ・場所:山形県飽海郡遊佐町吹浦字西楯地内 Yahoo!地図 |
| 松尾 芭蕉(まつお ばしょう) |
・説明:1644−1694年 51歳 三重県伊賀市出身 本名:松尾宗房(むねふさ)
江戸時代前期の日本史上最高の俳諧師の一人 |
あつみ山や 吹浦かけて 夕すゞみ
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あつみやまや ふくうらかけて ゆうすずみ
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・句意:雄大な景色の中で温海山(あつみやま)が夕涼みをしている。
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・詠んだ時期・場所:1689年
酒田市最上川河口の袖の浦に舟を浮かべながら、夕涼みしたとき
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1940年(昭和15年)遊佐町菅原長治 高橋吉四郎 建立
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2013.10.5

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| 吹浦海岸羅漢岩 |
・場所:山形県飽海郡遊佐町吹浦字西楯地内 Yahoo!地図
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| 母川回帰歌碑 |
齋藤 勇(さいとう いさむ)
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・説明:1904年−1987年 84歳 酒田市生まれ 歌人、随筆家 鶴岡中学校から法政大学国文科卒 台北師範教諭 酒田北高校、遊佐高校、酒田商業高校校長歴任
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冬来れば 母川回帰の 本能に 目覚めて愛し 鮭のぼりくる
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| 歌意:先人たちの長年の人工ふ化事業の辛苦のもと、月光川で生を受けた鮭の稚魚が、遠く北洋の旅を経て、再び母なる川月光川の清流を慕い帰ってくる姿を詠んだ。 |
年 建立
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2013.10.5

2013.10.5

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| 吹浦海岸羅漢岩 |
・場所:山形県飽海郡遊佐町吹浦字西楯地内 Yahoo!地図
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| 鳥海の鳥曇り歌碑 |
佐藤 漾人(さとう ようじん)
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・説明:1885−?年 最上郡鮭川村生まれ 医学博士 本名:佐藤要人
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吹浦も 鳥海山も 鳥曇
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句意:渡り鳥が北へ帰って行く頃の曇りがちの空と、長い冬を終えようやく春も来ようかという頃の吹浦の海と、まだ雪を残してそびえたつ鳥海山の景色をひとつとらえ詠んだ句
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年 建立
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2013.10.5

2013.10.5

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| 吹浦海岸羅漢岩 |
・場所:山形県飽海郡遊佐町吹浦字西楯地内 Yahoo!地図
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耕茶?()
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・説明:
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何時来ても 心奈古女る 南光眺 釜磯湯之田 指呼の飛島
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いつきても こころなごめる なんこうちょう かまいそゆのた しこのとびしま
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歌意:
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年 建立
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2013.10.5

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| 山本坊 |
・場所:山形県飽海郡遊佐町大字上蕨岡字松ヶ岡20 「山本坊」の庭 Yahoo!地図
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鳥海 昭子(とりのうみ あきこ)
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・説明:1929−2005年 76歳 遊佐町生まれ 歌人 エッセイスト 國學院大學卒
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季外(ときそ)れて 咲くタンポポの 小ささよ それでいいのよ それでいいのよ
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歌意:
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| 2014年 建立 |
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| 山本坊 |
・場所:山形県飽海郡遊佐町大字上蕨岡字松ヶ岡20 「山本坊」の庭 Yahoo!地図
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山崎 方代(やまざき ほうだい)
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・説明:1914−1985年 71歳 山梨県左右口村出身の放浪の歌人
太平洋戦争で右眼を失明し、左眼の視力もわずかに。街頭で靴の修理などをしながら各地を旅したことから、「漂泊の歌人」と呼ばれるようになります
山本坊に2泊
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歌意:
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| 2013年 建立 |
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