岩手県
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| 湯本温泉 |
子規曽遊の地(しきそゆうちのち)
1893(明治26年)8月16日、俳人「正岡子規」が秋田県六郷町から山越えし湯田町に入り下前地区を通って湯本温泉に投宿しました。
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| ・場所:岩手県和賀郡西和賀町湯本 湯本句碑公園 Yahoo地図 |

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| 湯本温泉句碑公園 |
| ・場所:岩手県和賀郡西和賀町湯本 湯本句碑公園 Yahoo地図 |
正岡 子規(まさおか しき)
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・説明:1887―1902年 松山市新玉町生まれ、日本新聞社、俳誌「ホトトギス」によって写生による新しい俳句を指導、写生文による文章革新を試みるなど、近代文学史上に大きな足跡を残した。
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山の温泉(ゆ)や 裸の上の 天の河
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句意:
1893(明治26年)8月16日湯本温泉で詠んだ
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1950年(昭和25年) 地域の有志 建立
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右側 2013.10.23

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高浜 虚子(たかはま きょし)
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・説明:1874−1959年 愛媛県松山市生まれ 俳人、小説家 本名:清
虚子号は本名をもじって正岡子規につけられた。
京都の旧制第三高等学校入学、碧梧桐も後れて入学同居し俳友とも交わった。学制改革でともに仙台の二高に移ったが、文学への念強く1894年そろって退学上京
1898年(明治31年)松山から発行されていた「ホトトギス」を引き継いで東京から編集発行し、俳句とともに写生文や小説を掲載、
1905年(明治38年)からは夏目漱石の「吾輩は猫である」「坊つちやん」などの掲載で誌名を高めた。
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子規曽遊の地(しきそうちのち)
夏蔭の この道を斯く 行きたらん
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なつかげの このみちをかく ゆきたらん
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| 句意: |
左側 2013.10.23

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| 湯本温泉句碑公園 |
| ・場所:岩手県和賀郡西和賀町湯本 湯本句碑公園 Yahoo地図 |
| 正岡 子規(まさおか しき) |
| ・説明:1887―1902年 松山市新玉町生まれ、日本新聞社、俳誌「ホトトギス」によって写生による新しい俳句を指導、写生文による文章革新を試みるなど、近代文学史上に大きな足跡を残した。 |
はて知らずの記の一節併刻
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白露に 家四五軒の 小村かな
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| 句意: |
山の温泉や 裸の上の 天の河
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| やまのゆや はだかのうえの あまのがわ |
| 句意: |
肌寒み 寐ぬよすがらや 温泉の臭ひ
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| はださむみ ねぬよすがらや ゆのにおい |
句意:
寐(ね):寝
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1999年(平成11年) 建立
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2013.10.23

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| 湯本温泉句碑公園 |
| ・場所:岩手県和賀郡西和賀町湯本 湯本句碑公園 Yahoo地図 |
| 山崎 和賀流(やまざき わがる) |
・説明:1938−1974年 35歳没 西和賀町湯本山崎菓子舗の跡取り息子 湯本中核卒
俳人 本名:山崎 孝
1957年及川あまきが指導する「きたかみ俳句会」に入会、俳人としての才能を開花する。
1962年大野林火主宰の俳誌「濱」に入会
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屋根にまで 犬の来てゐる 雪卸(ゆきおろし)
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| 句意: |
年 建立
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2013.10.23

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| 湯本温泉句碑公園 |
| ・場所:岩手県和賀郡西和賀町湯本 湯本句碑公園 Yahoo地図 |
| 小林 輝子(こばやし てるこ) |
・説明:昭和9年−年 東京都生まれ
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夢の中まで 雪降るや 木地師妻
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句意:
木地師(きじし):ろくろを用いて椀や盆、こけし等の木工品を加工、製造する職人
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2007年(平成19年) 小林輝子氏句碑建立実行委員会 建立
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2013.10.23

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湯本温泉街
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四季の移ろう俳句の里
歓 湯本温泉 迎
山の温泉(ゆ)や 裸の上の 天の河
俳聖 正岡子規曾遊の地 |
2013.10.23

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湯本温泉
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四季の移ろう俳句の里
歓 湯本温泉 迎
屋根にまで 犬の来てゐる 雪卸
俳人 山崎和賀流生誕の地
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2013.10.23

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| 夜には幻想的な俳句行燈の町となります |
羊草 隙間すきまの 水鏡 岩手県西和賀町 大澤幸子
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ひとすじの 子規の道なら 雲の蜂 岩手県北上市 吉田孝子
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2013.10.23

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指格子 はなれぬ 平家蛍かな 岩手県盛岡市 鈴木睦子
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2013.10.23

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蝮(まむし)いて ややそりぎみの 子規の句碑 岩手県花巻市 菅野トシ
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雨あとの 闇の起伏を 恋蛍 東京都国立市 吉村春風子
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2013.10.23

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句碑守の 蝮(まむし)うつくし 笹峠 岩手県金ヶ崎町 松本雅子
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2013.10.23

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奥羽嶺や 種火のやうに 草蛍 岩手県盛岡市 清水芳子
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2013.10.23

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ほっとゆだ駅
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はてしらずの記より
日はくれはてて麓村に下る。宵月をたよりに、心細くも猶一二里の道を辿りて
とある村に出でぬ。ここは湯田という温泉場なり
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| ・場所:岩手県和賀郡西和賀町川尻 Yahoo地図 |
| 正岡 子規(まさおか しき) |
| ・説明:1887―1902年 松山市新玉町生まれ、日本新聞社、俳誌「ホトトギス」によって写生による新しい俳句を指導、写生文による文章革新を試みるなど、近代文学史上に大きな足跡を残した。 |
| はて知らずの記の一節併刻 |
秋風や 人あらはなる 山の宿
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半ば腕車の力を借りてひたすらに和賀川に従ふて下る。こゝより杉名畑に至る六七里の間 山迫りて河急に樹緑にして水青し。
風光絶佳雅趣掬すべく誠に近国無比の勝地なり。
碗車(わんしゃ):人力車
風光絶佳(ふうこうぜっか):感動するほど景色が美しいという意味
雅趣(がしゅ):風雅なおもむき。風流な味わい
掬する(きくする):手にすくいとって味わいたいと思う
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句意:
あらはなる:まる見えだ。むき出し。あけっぴろげ。おおっぴら。無遠慮。慎みがない。
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年 建立
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2013.10.23

2013.10.23

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下前地区 県道12号線沿い
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| ・場所:岩手県和賀郡西和賀町下前 Yahoo地図 |
| 正岡 子規(まさおか しき) |
| ・説明:1887―1902年 松山市新玉町生まれ、日本新聞社、俳誌「ホトトギス」によって写生による新しい俳句を指導、写生文による文章革新を試みるなど、近代文学史上に大きな足跡を残した。 |
蜩(ひぐらし)や 夕日の里は 見えながら
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句意:
1893(明治26年)8月16日下前で詠んだ
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年 建立
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2013.10.23

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湯本温泉を訪れた著名人
大野林火、山口青邨、石川桂郎
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