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青森県の句碑・歌碑・詩碑・文学碑
今別町

袰月高野崎(ほろずきたかのさき)キャンプ場
・場所:青森県東津軽郡今別町大字袰月字村下地内 Yahoo地図 
高木 恭造(たかかぎ きょうぞう)
・説明:1903−1987年 青森市米町生まれ 弘前高校卒 青森日報社、出版社勤務を経て
 1933年に満州医科大学医学部卒 方言(津軽弁)詩人 1948年弘前市に高木科医院を開業
 青森中学校を卒業した高木恭造は津軽半島袰月村に代用教員として赴任する
 この村サ一度(イツド)だて 陽(シ)コあだたごとあるガジャ
 家(エ)の土台(ドデ)コァみんな潮虫(スオムシ)ネ噛(カ)れでまてナ
 後(ウスロ)ア塞(フサ)がた高(た)ゲ山ネかて潰(ツブ)されで
 海サのめくるえンたでバナ見ナガ
 あの向(ムゲ)の陽(シ)コあだてる松前(マツメ)の山コ
 あの綺麗(キレ)だだ光(シカリ)コァ一度(イツド)だて
 俺(オラ)等(ンド)の村サあだたごとァあるガジャ
 みんな貧ボ臭せくてナ 生臭せ体コしてナ 
 若者(ワゲモノ)等(ンド)ァみんな他処(ホガ)サ逃(ニ)げでまて
 頭(アダマ)サ若布(ワガメ)コ生(オ)えだえンた爺媼(ジコババ)ばり
 ウヂャウヂャてナ
 ああ あの沖(オギ)バ跳(ハネ)る 海豚(エルガ)だえンた倅(ヘガレ)等(ンド)ア
 何処(ド)サ行(エ)たやだバ 路傍(ケドバタ)ネ捨(ナゲ)られでらのァみんな昔(ムガシ)の貝殻(ケカラ)だネ
 魚(サガナ)の骨(トゲ)コァ腐たて一本(エツポ)の樹コネだてなるやだナ
 朝(アサマ)も昼(スルマ)もたンだ濃霧(ガス)ばがりかがて
 晩(バゲ)ネなれば沖(オギ)で亡者(モンジャ)泣いでセ
 詩意:
 1988年(昭和63年) 建立 

 


袰月高野崎(ほろずきたかのさき)
・場所:青森県東津軽郡今別町大字袰月字村下地内 Yahoo地図
高木 恭造(たかかぎ きょうぞう)
・説明:1903−1987年 青森市米町生まれ 弘前高校卒 青森日報社、出版社勤務を経て
 1933年に満州医科大学医学部卒 方言(津軽弁)詩人 1948年弘前市に高木科医院を開業
 青森中学校を卒業した高木恭造は津軽半島袰月村に代用教員として赴任する
 陽コあだネ村 津軽半島袰月村で この村サ一度だて 陽コあだたごとあるガジャ
 家の土臺コァみんな潮虫ネ噛れでまてナ 後ア塞がた高ゲ山ネかて潰されで
 海サのめくるえンたでバナ 見ナガ あの向の陽コあだてる松前の山コ
 あの綺麗だだ光コア一度だて 俺等の村サあだだごとアあるガジャ
 みんな貧ボ臭せくてナ 生臭せ体コしてナ 若者等ァみんな他處サ逃げでまて
 頭サ若布コ生えだえンた 爺媼ばりウヂャウヂャてナ
 ああ  あの沖バ跳る海豚だえンた忰等ァ 何處サ行たやだバ
 路傍ネ捨られでらのァみんな昔の貝殻だネ
 魚の骨コァ腐たて一本の樹コネだてなるやだナ
 朝も晝モだンだ濃霧ばりかがて 晩ネなれば沖で亡者泣いでセ
 詩意:
 1988年(昭和63年) 建立