| 秋田県の句碑・歌碑・詩碑 |
藤里町
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藤琴字太良
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・場所:秋田県藤里町藤琴字太良
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菅江 真澄(すがえ ますみ)
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・説明:1754−1829年 愛知県豊橋生まれ 江戸時代後期の紀行家・民俗学者
30歳で旅立ち、長野から新潟、山形、秋田、青森、北海道、岩手、宮城、福島を巡り、
48歳で再び秋田に入り、仙北郡の地で亡くなるまで延べ29年間を秋田で過ごした。
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花はいつ 桜の梢 松の葉も またゆふ凝の 霜のおくやま
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| 句意: |
| 年 建立 |
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藤琴字滝の沢
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・場所:秋田県藤里町藤琴字滝の沢
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| 菅江 真澄(すがえ ますみ) |
・説明:1754−1829年 愛知県豊橋生まれ 江戸時代後期の紀行家・民俗学者
30歳で旅立ち、長野から新潟、山形、秋田、青森、北海道、岩手、宮城、福島を巡り、
48歳で再び秋田に入り、仙北郡の地で亡くなるまで延べ29年間を秋田で過ごした。
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零る雪か花かあらぬかやま風に さそわれてちる滝のしら泡
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| 句意: |
| 年 建立 |
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藤琴字上湯の沢
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・場所:秋田県藤里町藤琴字上湯の沢
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| 菅江 真澄(すがえ ますみ) |
・説明:1754−1829年 愛知県豊橋生まれ 江戸時代後期の紀行家・民俗学者
30歳で旅立ち、長野から新潟、山形、秋田、青森、北海道、岩手、宮城、福島を巡り、
48歳で再び秋田に入り、仙北郡の地で亡くなるまで延べ29年間を秋田で過ごした。
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藤かつら くり返し見る いわがねに かかるも高き 滝のしらいと
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| 句意: |
| 年 建立 |
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粕毛字下根城
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・場所:秋田県藤里町粕毛字下根城
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| 菅江 真澄(すがえ ますみ) |
・説明:1754−1829年 愛知県豊橋生まれ 江戸時代後期の紀行家・民俗学者
30歳で旅立ち、長野から新潟、山形、秋田、青森、北海道、岩手、宮城、福島を巡り、
48歳で再び秋田に入り、仙北郡の地で亡くなるまで延べ29年間を秋田で過ごした。
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山影に 佃るよね田に 風落ちて 涼しく渡る 川添ひの道
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| 句意: |
| 年 建立 |
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藤里町粕毛字岩合
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・場所:秋田県藤里町粕毛字岩合
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| 菅江 真澄(すがえ ますみ) |
・説明:1754−1829年 愛知県豊橋生まれ 江戸時代後期の紀行家・民俗学者
30歳で旅立ち、長野から新潟、山形、秋田、青森、北海道、岩手、宮城、福島を巡り、
48歳で再び秋田に入り、仙北郡の地で亡くなるまで延べ29年間を秋田で過ごした。
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山深き 滝のかげみち 行く人の ぬれて涼しく 麻のさごろも
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| 句意: |
年 建立
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素波里
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・場所:秋田県藤里町粕毛
素波里ダム(不動の滝)に行く途中。県道322号きみまち阪公園素波里湖線、粕毛川沿い |
石井 露月(いしい ろげつ)
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・説明:1873−1928年 56歳 秋田県雄和町女米木生まれ 俳人 正岡子規に師事し,新聞「日本」の記者となる。のち医師試験に合格し,秋田で開業
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君を訪へば 鮎の瀬音の 高まさる
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句意:
昭和3年、島田五空らと二十数名で素波里を吟遊、米田小学校に泊まる。その時の句 |
年 (平成3年) 建立
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