福島県 桑折町
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| 芭蕉の田植塚 短冊を埋めた所 |
松尾 芭蕉(まつお ばしょう)
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・説明:1644−1694年 51歳没 三重県伊賀市出身 本名:松尾宗房(むねふさ) 江戸時代前期の日本史上最高の俳諧師の一人
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風流の 初やおくの 田植うた
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・句意:白河の関を越えると田植え歌が聞こえてきた。これがみちのくの旅の風流の初めなのだなあ
・詠んだ時期・場所:1689年(元禄2年)須賀川市本町の相楽等躬宅
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1719年(享保4年) 佐藤馬耳(さとう ばみ) 建立
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2013.11.24

2013.11.24

「芭蕉翁」2013.11.24

2013.11.24

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田植塚記
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ミちのく伊達桑折の里、朝日山法圓寺の田植塚は、はせを一とせ奥羽の抖薮に、風流のはしめや奥の田うへ歌と事捨給ひし真跡を土中に埋んて、霊魂を祀る也けり、於呼馬耳子ハ丸額のむかしより風雅を好ミ、やゝふて付合の味をしるに随て、故翁の正風をしたひ、今の流行におくれす、そこらの僧俗を駈立て、月々の興行をすゝめ、花紅葉の衾にふれては、一句の手向草に、誹永く諧久しき事を祈る、さるは昌黎か作りて其功徳を仰くの類ひにひとしきか、今年野僧か再遊の杖をとらへて、供養の法席をひらき、これか記を乞ふ、其金鉄の厚心辞するに道なし、後の連衆も耳子か信を続て、誹諧の邪路におちいらすんは、今日碑を建るの志にそ無かしと、おつおつ筆を取て其大概を記すものならし
享保四己亥五月十二日 雲水無外坊燕説謹誌
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風流の 初やおくの 田植うた
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2003年(平成15年) 当山二十世好久 斉藤謙 建立
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2013.11.24

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芭蕉像
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太田良平 作
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1987年(昭和62年) 太田良平 斉藤謙 建立
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2013.11.24

2013.11.24

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| 斉藤 庄左衛門/黄鶴棲(こうかくろう) |
| ・説明: |
南無大師 遍照金剛 秋深し
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句意:
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2003年(平成15年) 斉藤謙 建立
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2013.11.24

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| 富安 風生(とみやす ふうせい) |
・説明:1885−1979年 95歳没 愛知県生まれ 東京帝国大卒 高浜虚子に師事 俳人
逓信次官 |
美ちのくの 伊達の郡の 春田かな
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| 句意:みちのくの伊達郡の田んぼだなあ |
2003年(平成15年) 斉藤謙 建立
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2013.11.24

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| 三谷 貞雄(みたに さだお) |
| ・説明: |
黄鶴棲亡き みちのくの 温め酒
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| 句意: |
2003年(平成15年) 斉藤謙 建立
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2013.11.24

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佐藤 馬耳(さとう ばみ)
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・説明:1694−1750年 桑折本陣主人 本名:佐藤佐五左衛門宗明
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釜ふいて 閑々無事や 年の暮れ
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| 句意: |
1981年(昭和56)年 桑折町文化財保存会 建立
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2013.11.24

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| 田村 不碩(たむら ) |
| ・説明:不詳−1711年 本名:田村茂左衛門房寿 |
咲つめて 是も悔いあり 花葵
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| 句意: |
1981年(昭和56)年 桑折町文化財保存会 建立
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2013.11.24

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| 桑折追分「柳の句碑」 |
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| 卜而(ぼくじ) |
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夕暮尓心の通婦柳哉
(ゆうぐれに こころのかよう やなぎかな)
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| 句意: |
年()年 建立
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桑折中央公民館
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| ・場所: |
| 富安 風生() |
・説明:1885−1971年
1942年(昭和17)
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みちのくの 伊達の都の 春田かな
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| 句意: |
年()年 桑折句会門下生 建立
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歌枕 葛の松原を詠んだ歌
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覚英僧都()入寂地の碑()
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・説明:?−1157年 東大寺の僧
1183年(寿永2年)覚英僧都と西行法師が葛の松原に立ち寄った。
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なき跡も 名こそ朽ちせぬ 世にかけて 忍むかしの 葛の松原
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| 句意: |
世の中の 人には葛の 松原と 呼ばれる名こそ 嬉しかりけれ
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| 歌意: |
正岡 子規(まさおか しき)
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| ・説明:1893年(明治26年)飯坂から新道を人力車で桑折に向かう途中葛の松原を通り茶屋で1時間休憩し詠んだ |
松原中の茶屋
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・場所:
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人くずの 身は死にもせで 夏寒し
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句意:
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松平 定信(まつだいら さだのぶ)
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・説明:1759−1829年
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月日のみ ただいたずらに 送り来て 身の愚かさを 葛の松原
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| 歌意: |
雨もよし 雨なきときは 月をみる 心になにか くずの松原
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句意:
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