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晴窓 湖十(せいそう こじゅう)
・説明:−1860年  湖十は芭蕉の高弟子
 八世を晴窓湖十、九世を稲窓湖十、十世を卜窓湖十

瑞巌寺(ずいがんじ) 
・場所:宮城県宮城郡松島町松島 瑞巌寺境内 Yahoo!地図 
晴窓 湖十(せいそう こじゅう)
       夜は可利乃  国佐へあ留耳  希ふ能月
       よるばかりの くにさへあるに けふのつき
 碑の背面
 よく人のこころさしを継ぎ、よく人の事を述るハ、親につかふまつる道のかしこきのみならず、師につかふまつる、はたおなしかるべし。
 いにし年
春窓湖十、其師江左翁の年頃松島にあそはんとのこころさしありしかと、はたさずして身まかられしをなけきて、翁の句の中にきこえたるをゑらびえりて、ここにとめぬ。去年の夏の晴窓身まかりぬ。
 かれその弟子等師の句のめづらかなるをいしふみとなしてたてたり。
 晴窓ははやうここにあそびて、其志もはたし、ここの句もあれと、そはわざとはふきて、おほかたの人のよしと思へる物すとなん。
 さて、
晴窓のなしたるいさをしこたひ弟子等のはからうさま事のよしはかわりにたれと、そのこころさしははた同じかるべし、これやよく人の志をつき、よく人の事を述るとやいふべからむ
         万延二年二月    藤原信古識

 1861年 湖十門人等 建立 

群碑の中
膝抱は ひさへ来にけり 秋の暮れ
 句意:
 年 建之