陸奥国分寺 準胝観音堂(じゅんていかんのんどう) |
・場所:仙台市若林区木ノ下2丁目 陸奥国分寺準胝観音堂 Yahoo!地図
・説明:芭蕉は、奥の細道旅行の途中、1689年5月5日から7日までの3日間仙台に滞在 芭蕉を案内し、離仙の朝、草鞋(わらじ)二足など餞別を贈った仙台の俳人北野加之(画工加右衛門)への感謝の気持ちを詠じた句である。
この句碑は、1782年、駿河(静岡県)の俳人山南官鼠が仙台を訪れた時に建てたもので、裏面には官鼠の句「暮れかねて鴉(からす)啼くなり冬木立」が刻まれている。
・指定:仙台市指定文化財 |
松尾 芭蕉(まつお ばしょう) |
・説明:1644-1694年 51歳 三重県伊賀市出身 本名:松尾宗房(まつおむねふさ)
江戸時代前期の日本史上最高の俳諧師の一人 |
安や免草 足に結ばん 屮鞋の緒
(あやめ草 足に結ばん 草鞋の緒) |
句意:あやめ草をぞうりの緒に付けて旅の無事を祈る
端午の節句のあやめ草を足に結んだつもりで、わらじをはき健脚を祈ろう
草履の緒に編み込んだ紺の布の色(あやめ色)の草履で旅たった。
時期・場所:仙台市 |
1782年 駿河の俳人山南官鼠が来仙時 建立
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2010.1.5

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裏面 |
山南 官鼠(やまなみ かんそ)/六花庵 官鼠 |
暮加年て 鴉啼くなり 冬木立
(暮れかねて 鴉(からす)啼くなり 冬木立) |
句意: |
1782年、駿河(静岡県)の俳人山南官鼠が仙台を訪れた時に建てたもの |
芭蕉は、奥の細道旅行の途中、1689年5月5日から7日までの3日間仙台に滞在
芭蕉を案内し、離仙の朝、草鞋(わらじ)二足など餞別を贈った仙台の俳人北野加之(画工加右衛門)への感謝の気持ちを詠じた句である。「あやめ草足に結ばん草鞋の緒」 この句碑は、1782年、駿河の俳人山南官鼠が仙台を訪れた時に建てたもので、裏面には官鼠の句「暮れかねて鴉(からす)啼くなり冬木立」が刻まれている。 ・指 定:仙台市指定文化財 |
2010.1.5 撮影

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陸奥国分寺 準胝観音堂(じゅんていかんのんどう) |
・場所:仙台市若林区木ノ下2丁目 陸奥国分寺准胝観音堂 Yahoo!地図 |
大淀 三千風(おおよど みちかぜ) 供養碑 |
・説明:1639-1707年 三重県松阪市射和町生まれ
31歳の時に仕事を辞めて、歌枕として知られていた松島に行き、そのまま仙台に住む。
仙台で15年間 1669-1683年、1686-1687年の間 談林風(だんりんふう)
俳諧を指導し、「松風眺望集」などを著して松島を全国に紹介した。
1683年~全国行脚 |
大淀三千風先生始の名ハ友翰・・・・・ |
・説明:弟子の万水堂朱角が建立したもので
「東性居士三千風翁之塚」と書かれた左に朱角の自作の句が刻まれている。
名の風や水想観の花かほる(朱角) |
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陸奥国分寺 準胝観音堂(じゅんていかんのんどう) |
・場所:仙台市若林区木ノ下2丁目 陸奥国分寺准胝観音堂 Yahoo!地図 |
万水堂 朱角(ばんすいどう しゅかく)
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・説明:三千風の弟子
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名の風や 水想観の 花かほる |
句意:
水想観:すいそうかん:仏語。観経に説く十六観の一。水や氷の清らかなさまを想(おも)うことによって極楽浄土のさまを観想する方法 |
1722年 万水堂朱角(三千風の弟子)建立
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2010.1.5 撮影

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陸奥国分寺 準胝観音堂(じゅんていかんのんどう) |
・場所:仙台市若林区木ノ下2丁目 陸奥国分寺准胝観音堂 Yahoo!地図 |
望月 宋屋(もちづき そうおく) |
・説明: 京都の俳人 |
極楽や 人のねがひの 花の影 京都 富鈴房
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句意: |
1745年仙台に数日滞在したときに建立
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2010.1.16

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