| 山形県の句碑・歌碑・詩碑 |
天童市
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舞鶴山公園
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| ・場所:山形県天童市城山4062-6 舞鶴山公園内 Yahoo!地図 |
| 結城 亮一(ゆうき りょういち) |
| ・説明:1937−年 山形県南陽市生まれ。國學院大學文学部国文科卒。日本大学山形高等学校の教諭 東京行進曲の原作者 |
佐藤千夜子顕彰碑
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ひとは うれしいにつけ 悲しいにつけ
歌を口ずさむ うたは 思い出とともに
人の心に刻みこまれる 日本の大衆文化
の黎明期を築き 歌謡歌手の嚆矢となっ
た佐藤千夜子を われわれは忘れてはな
らないだろう 千夜子よ永遠なれ
「あゝ東京行進曲」著者 結城亮一
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1977年 建立 制作:豊田
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2013.6.11

2013.6.11

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舞鶴山公園 文学の森
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| ・場所:天童市 舞鶴山公園内 文学の森 Yahoo!地図 |
志賀 直哉(しが なおや)
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・天童市との関わり:父の後妻(浩)が天童織田藩の士族の娘。小説「母の死と新しい母」を発表
・説明:1883−1971年 88歳死去 石巻市生まれ 東京育ち 白樺派の作家
代表作:暗夜行路、和解、小僧の神様、城の崎にて |
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2008年 天童市制施行45周年記念事業の一環 建立
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2013.6.11

2013.6.11

2013.6.11

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イザベラ・バード/舞鶴山公園 文学の森
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・説明:1831−1940年 72歳没 イギリス生まれ
世界各国を旅して山形県内には1878年に訪れた。そして東北地方、北海道を巡った「日本奥地紀行」を1880年に出版 |
| ・天童市との関わり:日本奥地紀行で天童付近の風景を記す |
| 「日本奥地紀行」 |
ほれぼれとして見たくなるような地方で、多くの楽しげな村落が山の低いすそ野に散在している 抜粋
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2003年 天童市制施行45周年記念事業の一環 建立
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2013.6.11

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舞鶴山公園 文学の森
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| 田山 花袋(たやま かたい) |
・説明:1871−1930年 群馬県館林に生まれ 小説家
明治40年、「蒲団」を発表、文壇に大きな反響を残し、島崎藤村の「破戒」とともに自然主義文学の代表作になった。 |
| ・天童市との関わり:母親が天童市南部の高擶(たかだま)出身。花袋も高擶を訪れ、月山の眺めなどを書き記す |
続南船北馬より抜粋
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2005年 天童市制施行45周年記念事業の一環 建立
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2013.6.11

2013.6.11

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| 舞鶴山公園 文学の森 |
| ・説明: 建立予定 |
| 田宮 虎彦(たみや とらひこ) |
・天童市との関わり:小説「笛」で、聞き書きした主人公が東村山郡役所の近くに下宿
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| 「」 |
| 年 建立 |
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舞鶴山公園/愛宕山神社裏参道
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| ・場所:天童市北目字城山 舞鶴山公園内 文学の森の下 Yahoo!地図 |
松尾 芭蕉(まつお ばしょう)
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・説明:1644−1694年 51歳 三重県伊賀市出身 本名:松尾宗房(むねふさ)
江戸時代前期の日本史上最高の俳諧師の一人 |
雲乃峰 幾箇崩れて 月の山
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くものみね いくつくずれて つきのやま
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・句意:月山に三日月、夕日に映える雲は、幾度、崩れては湧きしただろうか
入道雲がいくつもいくつも沸き上がってはその姿を崩して行く。
今は、薄明かりに照らされた月の山が横たえている。
季語:雲乃峯(入道雲):夏
・詠んだ時期・場所:1689年「奥の細道」 山形県 月山角兵衛小屋
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1855年(安政2年)双岳、素月 建立
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2013.6.11 この標識から道を30m下る。

2013.6.11

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