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東北の歌枕の地を訪ねて
(陸奥は山城・大和に次ぎ、三番目の「歌枕の国」)
浮島(うきしま)
・場所:宮城県多賀城市浮島1  Yahoo!地図
・説明:歌枕の地は多賀城市の浮島地区にある浮島神社であるといわれています。
浮島神社 2004.9.6



明治天皇
・説明:1852−1912年 122代天皇(在位1867−1912年)
 旅衣    あさたつ袖を  ふきかへす 松風すゞし   浮島が原
 たびごろも あさたつそでを ふきかへす まつかぜすずし うきしまがはら
・歌意:旅姿で朝に立とうとする中、袖に吹き返す松風が涼しい浮島の原
 1972年(昭和47年) 建立
2010.4.30


 

浮島(うきしま)を詠んだ歌
源 順(みなもとの したごう)
・説明:911−983年 平安時代の学者,歌人。三十六歌仙の一人
拾位遺集
 定なき   人の心に    くらぶれば たゞ浮島の   名のみなりけり
 さだめなき ひとのこころに くらぶれば ただうきしまの なのみなりけり
・歌意:変わりやすく頼りにならない人の心に比べれば、浮島の「浮き」などは、ただ名の上のことで、ほんとうに浮ついているのではなかった。


浮島(うきしま)を詠んだ歌
山口 女王(やまぐちの おおきみ)
・説明:生没年未詳 奈良時代の女流歌人で大伴家持を恋した人
 万葉歌人大伴家持は山口女王の恋人だったと目される人で、都から遠く陸奥の多賀城跡で没したと云われる。
 
新古今和歌集
 塩竃の   前に浮きたる  浮島の   憂き思ひの  ある世なりけり
 しおがまの まえにうきたる うきしまの うきておもひの あるよなりけり
・歌意:塩竃の浦の前方に浮かぶ浮島ではないが、いつも不安で思いの絶えない仲なのですね。
 山口女王が陸奥の大伴家持へつかわした歌
 この歌では、「浮き」が三度くり返され「憂き」にかけた言葉遊びともなっています。


浮島(うきしま)を詠んだ歌
小野 小町(おのの こまち)
・説明:生没年未詳 平安前期の歌人 六歌仙・三十六歌仙の一人
私家集
 陸奥は   世を浮島も   ありと云ふを 関こゆるぎの  急がざらなん
 みちのくは よをうきしまも ありといふを せきこゆるぎの いそがざらなん
・歌意:


浮島(うきしま)を詠んだ歌
橘 為仲(たちばなの ためなか)
 浮島の   花見る程は   陸奥に   沈める事も   忘られにけり
 うきしまの はなみるほどは みちのくに しずめることも わすられにけり
・歌意:


浮島(うきしま)を詠んだ歌
後鳥羽 院(ごとばの いん)
・説明:1180−1239年 平安時代末期〜鎌倉時代初期の天皇
    高倉天皇の第四皇子として生まれる。
 塩釜の   浦の干潟の   あけぼのに 霞に残る    浮島の松
 しおがまの うらのひがたの あけぼのに かすみにのこる うきしまのまつ
・歌意:


浮島(うきしま)を詠んだ歌
和泉 式部(いずみ しきぶ)
・説明:974・976−生没年不詳 父は越前守大江雅致(まさむね)、母は越中守平保衡(たいらのやすひら)女 中古三十六歌仙の一人 女房三十六歌仙の一人 王朝時代随一の女流歌人 
和泉式部集
 いづくなる ところをかみし わが身より また浮島は   あらじとぞ思ふ
 いづくなる ところをかみし わがみより またうきしまは あらじとぞおもふ
・歌意:


浮島(うきしま)を詠んだ歌
中 務(なか つかさ)
・説明:912−991年、平安時代中期の女流歌人。三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人
中務集
 たのまれぬ 心からにや   浮島に   たち寄る浪の  とまらざるらん
 たのまれぬ こころからにや うきしまに たちよるなみの とまらざるらん
・歌意:


浮島(うきしま)を詠んだ歌
清原 元輔(きよはらの もとすけ)
・説明:908−990年 平安時代の官人・歌人 娘に清少納言がいる 三十六歌仙の一人 
元輔集
 浮島の   松の緑を    見渡せば  ちとせの春ぞ  霞そめける
 うきしまの まつのみどりを みわたせば ちとせのはるぞ かすみそめける
・歌意:

もう一つの浮島 陸前の国、宮城県宮城郡塩竈市の浦島の別称